ご 連 絡

これまでのNews に代わり '02年7月7日より Back number  として、「館長挨拶」の 「今月の話題」コーナーでの話題を残すことにしました。

2002年

 7月号

 8月号

 9月号

10月号

11月号

12月号

2003年

 1月号

 2月号

 3月号

 7月号

2004年

 1月号

News

'00.01.10 

祖父、小菅竹堂の作品 (昭和初期の作品です)が掲載されている「無心庵」 (現在不明)のホームページが見つかりました。

無心庵より

親子でありながら、作風が全く異なります。

'00.01.27

Yahoo!Yahoo! JAPAN に掲載登録されました。
竹の美術館、竹工芸、小菅小竹堂などのキーワードで検索できます。


 カテゴリー:
 芸術と人文:視覚芸術、ビジュアルアート:彫刻、オブジェ:彫刻家:個人の作品集

'00.02.14

infoseek に登録されました。
竹の美術館 Welcome to Techno Museum

浜辺に立つ天女の衣をイメージした作品は竹とは思えない華麗なもの.小菅小竹堂の作品による仮想美術館.

'00.02.18

(財)佐渡博物館主催の新春特別展「佐渡・20世紀の作家たち」の中に祖父 小菅竹堂の名を見つけ博物館のご厚意により展示作品の写真を提供して頂きました。


炭 斗
1927年 昭和2年作


柾目割組布袋形花籠
1950年 昭和25年作

'00.03.28

お蔭様で本年1月1日の開設以来、アクセス・カウンターが1000回を越えました。

イギリスのHP Craftlinx Home - art and craft links.の検索リストに登録されました。

アメリカ・バージニア州のHP MidAtlantic Bamboo Bamboo links のBamboo Products-Art部門に掲載されました。


'02年7月号

 今までこのコーナーを News  として扱っていましたが、今回より Back number  として、「館長挨拶」の 「今月の話題」コーナーで、できる限り毎月 簡単な話題にふれ、それを残しておくことにしました。

 今月から、このコーナーを始めることにしました。 
大作もいいですが、父の最廉価品をご紹介します。

 父の茶杓はもともと売り物ではないのですが、私の息子、悠久(はるひさ)の誕生を記念して、父が作った茶杓 銘「悠久」です。  
 手にとっていただければ、違いがおわかりになると思いますが、一本の茶杓に込めた父の技、こだわりをご堪能下さい。
 利休の時代に戻って、自然の中で武将のごとく、その場にある道具(つまり脇差し)だけで、....。

( お茶の用語、解釈の間違いはお許しください。)

 日産時代知人が関係している最新ハイテク技術を紹介します。

 クリックして、右のスクロールバーを上下すると高速で、拡大・縮小します。  画像の移動は、右マウスのクリックで。


日産時代の知人が関係している ドリームテクノロジーズ社のご好意で、下記の最新ハイテク技術を使えるようになりました。

インターネット経由で数10から数100メガを超える画像データを、通常のアナログ回線環境でも高速で拡大・縮小する技術です。
 


最新ハイテク技術の紹介

          

今週のMADO」の2002/06/03〜10週に 、「」の画像が紹介されました。
 

クリックして、右のスクロールバーを上下すると高速で、拡大・縮小します。

画像の移動は、右マウスのクリックで。

また、「今月のの3D」に、 左記に示す様な3次元画像をマウスで 操作して、いろんな角度から見ることが出来ます


'02年8月号

話 題 -その-

 先月の茶杓に続いて、今月も小作品について触れます。  
 父の作品を改めて眺めてみると、父がさりげなく創った作品(それでも手はかかっているでしょうが)にも、味わい深いものがあることに気づきました。 私も年齢とともに好みが変わってきたと言うことでしょうか。

 左の作品は、箱書きにも何故か「紫竹 一枝花入」とあるだけで、銘が入っていませんが、いかにも可憐で それでいて何かを感じさせます。
世に知られることもなく、ひっそりと.....老境に入っての父の心境を...。

 ルネッサンス時代の女傑
Isabella d'Este (イザベッラ・デステ) の言葉を思い起こしました。
  
「夢もなく、恐れもなく」、 "Nec spc nec metu"
 
脇目もふらず、ただ一生懸命生きることのみに精一杯であった...。

 右の作品は、紫竹の高貴な色から連想して、マキアヴェッリの心境を思い...。
  「...礼儀をわきまえた服装に身をととのえてから、古の人々のいる、古の宮廷に参上する。...」
塩野七生ルネサンス著作集」より

話 題 -その2-

 「紫竹 一枝花入」を撮って以来、凝り始めた写真撮影のやり方をまとめてみましたのでの「9. 写真撮影・画像処理について」をご参照ください。

おまけ

の写真集のいくつかにBGMを組み入れました。 をクリックすると、曲目の全リストが表示されます。

暑い毎日が続きますが、気持ちだけでも涼しさを楽しめるようにカナディアン・ロッキーの写真を追加しました。
BGM付きのスライド・ショーをお楽しみ下さい。

 


'02年9月号

話 題

 父が手術のために入院したのですが、術後の数日間 意識がはっきりせず、見舞いに来てくれた叔父、吼月たちの顔もわからない状態でしたが、話の種にと持参した「一枝花入」を見せたら、目の輝きが変わり反応するようになり、少し安堵した次第です。
 その後、茶杓や、左の「浦島」などの作品を病室に 持ち込んだところ、退院したら茶杓に銘を入れられるようにリハビリすると言ってくれるまで回復しましたが、父の脳梗塞と痴呆の治療には作品がやはり一番の薬のようです。

 父や母の病状を見るにつけ、人間の意識、記憶の構造の不思議さ、神秘さに改めて驚いています。 
 ただし、痴呆問題に対する世間の認識、理解不足にも、驚いています。 妙な言い方ですが、寝たきりの病人の方が自宅で介護しやすいと言うことを理解するには、その立場になった家族にしか理解できないことでしょう。 
 
 数年前に某有名俳優が父親の介護問題でお手伝いさんなどに批判され週刊誌で叩かれましたが、ご本人は反論したくても反論出来ない、 反論すべきでない立場ではなかったかと想像し、人ごとではなく私にも周りはもっと理解して欲しいと言う思いでした。 
 痴呆老人は嘘は言っていないのですが、事実とは違うのです。  でも、どちらの側にとっても、それぞれが真実なのです。   一緒に暮らしたことのない方たちには、理解しにくいことと思います。

 今月の話題は、ちょっと外れてしまいましたが、ご勘弁ください。 写真の「浦島」は、退院後の父に確認しましたが、お点前に使う茶箱で、最後の作品となった「錦波」の前作で、お客様用とあわせて私のために創ってくれたものです。


'02年10月号

→拡大( 2600X1621 641KB

話 題 -その-

 今月は、先月の「浦島」につづいて箱ものを取り上げました。  左の作品は、病のため1993年72歳の頃の父の最後の作品となった色紙筥「錦波」 です。

 「箱物は難しい。 蓋がガタガタしてもいけないし、かといって蓋を持ちあげた時に下の箱が離れずに一緒に持ち上がるようではいけない。」 と父は、言っていました。 
 父が何故、この作品に執着しているのか私には最初わからなかったのですが、手元に置いて何度か眺めているうちに、この作品の凄さ、素晴らしさをあらためて認識しました。  
 一見、何の変哲もない作品に見える様でありながら、父が長年培ってきた最高の技術を、自分の創作活動の終わりを感じながら、最後の作品としてつぎ込ん だものと思われます。

 80年代の終わり頃から父が好んで使い始めた不規則性の中に規則性を持たせた格子模様 (格子は直角ではなく、斜めに交わっています)を出すために、材料の幅を変化させると言う素材作りに神業としか思えない、気が遠くなるような技を使っています。  素材の竹の幅が長手方向に一様ではなく、テーパ状に変化させていることに、ご注意下さい。

 竹の材料ごしらえでは幅を揃えることが当たり前で、幅を変化させて削ること など普通は考えもしないことではないでしょうか? 
システィナ礼拝堂

シャペル・フジタ

話 題 -その-

 9月27日にNHK-BS2で放映の1965年制作の「華麗なる激情」(残念ながらDVD版は無いようです)を久しぶりに観ました。 ミケランジェロのシスティナ礼拝堂の壁画と、藤田嗣治のシャペル・フジタに憧れて、一人羽田をたったのはもはや四半世紀以上昔の1973年のお話です。

 映画を観て気づいたのですが、私のピエタ像に関する記事は間違っていました。 ミケランジェロは4体のピエタ像を制作しており、もっとも有名なのは聖ピエトロ寺院の「嘆きのピエタ」 (1500年、ミケランジェロ25歳の作)、その次がミラノ・スフォルツァ城所蔵の「ロンダーニーニのピエタ」で、これがミケランジェロが1559年84歳の死の直前まで11年間かけて未完のままで終わったピエタです。 スフォルツァ城も1973年に訪れているのですが、撮影した写真は不明です。  私が未完のピエタと間違えたのは、フィレンチェの「パレストリーナのピエタ」(1550年、ミケランジェロ75歳の未完の作)です。  ミケランジェロは、意図的に未完の作品を多く残していますが、本物(?)の「未完のピエタ」は、フィレンチェのドウオモ博物館の所蔵で す。 どうやらミケランジェロのピエタ像を、私は全て見ているようです。

 法王ユリウスII世とミケランジェロとの信頼関係を描いたこの映画を観て、つくづく感じました。 父は、葉山に工房を開いてから、良きパトロン(作品を愛してくれた方々)に恵まれ、良き作品を残すことができたと思います。 感謝致します。
 そう言えば、主演のチャールトン・ヘストンがアルツハイマー病であることを告白.....。

 凸版印刷のバーチャルリアリティラボで、システィナ礼拝堂、唐招提寺などを体感できるそうです。

別 件

 トップページのアクセスカウンターの設定を間違っていましたので、修正致しました。


'02年11月号

話 題

 今月は、父 小竹堂が手術のため入院したり、私自身 仕事が忙しく、美術館の更新は少し手抜きになり申し訳ございません。

 左の「汐衣」は、やはり素晴らしい作品で、古今東西 こんなにも可憐で、精緻な作品を作ることのできるのは小竹堂だけと思います。

 私が、この作品を初めて見たとき、 視力が衰え始めた60歳の父が...と思い、思わず涙を流したことをご想像ください。

展示室」で、ご覧ください。

 


'02年12月号

1953 年第九回日展 初入選作品

1980年代後半 レプリカ 曙

話 題

 今年もとうとう師走になってしまいましたが、私も師走の言葉通りゆっくりホームページの更新をする暇もなく、走り回って いまして、またまた手抜きの更新になってしまいました。 お許しください。

 左の作品は、父 小竹堂がほぼ30年の時を隔てて制作したもので、「曙」、
炭斗(すみとり)です。

 当時6歳の私は幼くて左上の1953年 (父32歳)の作品は記憶に残っていませんが、いきなり佐渡の田舎からとんでもない輩が現れたと話題になったと 当時の関係者からうかがったことがあります。
 また、左上の作品の色彩がどんなものであったか も記憶にありませんが、
炭斗としては個人的には、 素朴な「華鳳」の方が気に入っています。
 ただし、左下の作品「曙」は父が染色技術にも秀でていることを示していると思います。

 私のディジタル画像処理のテクニックの一例も、ご覧ください。


'03年01月号

1990年代 作 小菅小竹堂
銘 芽生え

謹賀新年

 明けましておめでとうございます。 おかげさまで仮想美術館を設けてから早3度目の新しい年を迎えることになります。
 本年も、当美術館を ご利用のほど、宜しくお願い申し上げます。

 新春の話題には「」が似合うかと思いましたが、左の作品を埋もれた所蔵品の中から見つけました。 ゆりかごの中から、顔をのぞかしている赤子のイメージで、「芽生え」と銘をつけた作品です。
 長さたった26cmほどの小作品ですが、 素材はクマザサの一種である根曲竹で、その辺の山にあるごく普通の材料を用いて編み上げただけで、素材をそのまま生かした小竹堂らしい素朴な作品です。

 地球上の何処かに芽生えた新しい生命、息吹を、そして新春を祝い、あらたに収録作品に加えました。 


 今年も、いや今年こそ平和で、良い年でありますように、皆様とともに....。

2003年 元旦



'03年02月号

話 題 - その1 -

1959年 小菅小竹堂

1957年
第十三回日本美術展覧会入選作品 長手盛器

 遅まきながらお正月用の隠し芸をご紹介します。

 特に外国からのお客様は、日展作品を制作しているところを見学したいと言われることが多く、その様な時、父 小竹堂はちょっとした戯れ事をしました。

 上の写真は当時住んでいた佐渡の自宅で、後ろに飾ってある日展入選作から考えて1959年頃のものと思いますが、エジプト政府からの賓客を前にして、目隠しをしたままで丸竹の素材から材料を削りだし、竹篭を編んでいるところです。 当時、11歳頃の私も いつものように写真の左の方に座ってい ました。 この写真は、エジプトの新聞(エル・メッサ?)に掲載されたものです。
 目隠ししてのデモを私も三回ほど見ていますが、目隠しした上に、さらに後ろ手 (妙な言い方ですが)にして竹割から竹篭にまで仕上げたところを見たことがあります。  さすがに父も若気のいたりと思ってか、以後このようなことは控えています。

 その後、エジプト政府から父は竹工芸の指導のために招聘されましたが、残念ながらお断りしています。
 もし、私もエジプトに同行していたら、自分の生き方も変わっており、今頃は考古学者(?)にでもなっていたかも知れません。  海外渡航が自由でなかった時代ですが、私が初めて海外を経験したのは、この時より14年も後のことです。

 なお、 40年以上前の記憶をもとにインターネットで検索しましたが、当時大学生で通訳として同行されたのは、 現在 東海大学で教鞭を執られている光延明洋教授で す。
 先生の著作「辞書の世界史 粘土版からコンピュータまで」を本屋で立ち読みした記憶がありますが、著者名に気づかず失礼致しました。

話 題 - その2 -

 父 小竹堂が、1950年代に工業デザインに関わっていた頃の作品の写真が見つかりました。
 下の作品に似たものを、今でも地方の土産物屋さんなどで見かけることがあると思いますが、オリジナル・デザインは父のはずです(当時、意匠登録済みです。 勿論、父は金儲けのために権利化したのではありませんが)。  真ん中の盛籠を小さくした 感じのものは、おしぼり置きに使 われているのを、何処かで見たことがありませんか?。

筍皮張サービス盆
1956年 ニューヨーク国際見本市出品作品
盛 籠
1957年
おけさ人形
1950年代

 竹工芸.COMの竹庭得斎さまの お力により祖父  竹堂の作品が2点見つかりました。

 大正年代の作品と思われますが、
何とまあモダーンなデザインでしょうか。

 なお、写真は竹庭得斎さまから提供してもらいました。 あらためて感謝致します。

 叔父、吼月の展覧会が新潟のギャラリー柳本で1/31〜2/9まで開催。

竹根組花入 銘 寿老

鳳尾竹組炭斗

 他にも作品が加わり(→ Update 参照 )、これで'03.2月現在、当仮想美術館の展示作品97作品になります。 ごゆっくり、ご覧になって下さい。

 最後に、大分県竹工芸・訓練支援センターで、大分県の竹製品データベースを公開されています。
 北米などで竹を見直す動きがあるようですが、これからも伝統工芸としての竹工芸が存続し続けることを願っています。


'03年03月号

話 題


  2000年1月より、この仮想美術館を運営して参りましたが、この度 私の本業 で契約しているプロバイダーに移転いたしました。
  ビジネスを優先したため、以前のようにきめ細やかなサービス、例えばサイト内全文検索などの機能がサポートされていないため、使えなくなりました。

  また、掲示板の【ご記帳】コーナーにつきましても、館長 Postmaster@i-OfficeK.com 宛のメールに変更させていただきました( 本業の方に、 掲示板 Bulletin Board が、ございますので、こちらの方をご利用になっても結構です )。 これまで貴重なご意見、ご感想をいただき本当にありがとうございました。

  いろいろとご迷惑、ご不自由をおかけすることになるかと思いますが、今後とも宜しくご来館の程、宜しくお願い申し上げます。

 父 小竹堂は葉山へ工房を移した後、左記の様な照明器具の連作も手がけていました。
  著作権の問題があり今回はご紹介できませんが、いずれ詳細にご紹介いたしたいと思っております。 ご期待ください。

 世界情勢が混沌としている中で、少しでも未来に希望のあかりが見えますように....。

新館への移転に際して


'03年07月号

 毎月更新をと、お約束しておりましたが、この数ヶ月ご無沙汰となり申し訳ございません。  私のつたない文章でも毎月楽しみにしておられる方がいらっしゃることを知り、感謝感激致しております。

 米国のコレクター、 Lloyd Cotsen氏の「竹の造形ーロイド・コッツェンコレクション展」が、日本経済新聞社共催で下記の日程で開催されます。

 左の父の作品「Planet」も、巡り巡って氏のコレクションに加わり展示されるそうです。 もう一点あるそうですが、どの作品かわかりません。
ちょっと、これが父の代表作と思われるのも困りますが、70歳近い老人が、こんな洒落たデザインを考えたと言うことでご理解ください。

日 程:
2003.07.20〜08.31 大分市美術館

2003.09.09〜10.19 新潟市美術館
2003.11.15〜12.02 名古屋・松坂屋美術館
2004.01.02〜02.11 京都・細見美術館
2004.02.17〜03.28 広島県立美術館
2004.05.25〜05.30 日本橋・三越ギャラリー

 最後に、のコーナーを再開いたしましたので、ぜひご意見、ご講評をお寄せください。


'04年01月号

小菅小竹堂
享年82歳

 昨年中は、当美術館をご利用くださり本当にありがとうございました。

私事ですが、昨年は私にとって大きな出来事が二つ起こり、このコーナーの更新が滞り申し訳ございませんでした。

 先ず、昨年秋より韓国の大邱にありますメーカーから急なお話があり、久しぶりにサラリーマン生活に戻ることになり、単身赴任していることです。 技術指導と新製品の開発を担当しておりますが、毎日が技術者冥利に尽きる経験の連続です。

 仕事も生活もやっと慣れたところでしたが、残念ながら昨年11月15日に父、小菅小竹堂が安らかに息を引き取りました。 急遽帰国して逗子カトリック教会で葬儀をとりおこない、銘「千草」の作品の一つと一緒に見送りました。

 残念ながら現実の私設美術館は父の生前には間に合いませんでしたが、いつか私の手元に大切に保管している作品を展示できるようにしたいと思っております。

 それまでは、この仮想美術館を宜しくご愛用ください。

今年こそ平和で良い年でありますように。

館長 小菅秀顯

以上

以上
館長 Postmaster@i-OfficeK.com