竹製花器 銘 汐衣 "ShioGoromo" |
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1980年 作 小菅小竹堂
銘は波打ち際に立つ天女の衣の意味です。 晒し竹を用いているので、 制作当時の実物は象牙色に近く、視点を変えて見たときの流れるような 縞模様(モアレ縞)の動きが何とも言えません(小竹堂得意の技法です)。 高さ20cm程の小作品ですが、今後とも竹でこのように可憐で繊細な作品を作れる人はいないと思います。 小竹堂 60歳の作品で、竹工芸品としての金字塔と言えるでしょう。個人的には、晒し竹を使った作品が好きですが、父は化学の素養もあり、染色技術にも精通しており、竹を金色に染めるなど独自の手法も開発していました。 ただし、晒したままの作品は、日焼けして変色するのが欠点でもあり、また一方、年を経て味わいのある色つやのある作品にもなります。
視力が衰えはじめた父が、竹が折れないように繊細で気が遠くなるような注意を払いながら制作したことが想像できるかと思います。 はじめてこの作品「汐衣」を見たとき、それを思い我ながら涙が出ました。
しかも、平面に近いものではなく、複雑な絞りを入れた立体形状に仕上げています。
そして最後に箱物としての境地、「錦波」に行き着きました。
1981年 本作品は米国人の竹のコレクターMr. Walter
Lutz(彼の次女、故 Tinaとの共同作品もあります)のもとにありますが、彼のベストコレクションであるとのことです。
私、館長も最愛の作品で、Mr.Lutzとは国籍を越えて思いを共有することができました。
本当は私の手元にいつまでも置いておきたい作品ですが、いい人にいただいて貰えたと思っています。
なお、本作品は1987年5月9日から26日の間、東京銀座ミキモトで開催された「ラッツ・コレクション 竹の美術展 Bamboo
Art from the Lutz Bamboo Collection」のために一度里帰りしました。 販売を目的とするのではなく、いわば社会
に還元するためにご家族全員で説明にあたり、本当に素晴らしい方々でした。
日本人にはあまりお目にかからない、まさに"Noblesse
oblige"(ノーブレス・オブリージ、高貴な人の債務、つまり地位に等しい責任や義務を負う)を感じさせるご家族でした。
日本人では、父が戦後お世話になった北方文化博物館の伊藤文吉氏でしょうか。
下賤の身ではありますが、私も気持ちだけはこの思いで本美術館をいつまでも続けたいと思います。
上の写真は、ミキモトの会場でガラス越しにNikonF2の手持ちで撮ったものです
ので、写真が鮮明でないことをお許しください。
元の写真には、下の様にカメラマンの私がガラスに映り込んでいます。
また、この作品がご縁となり三宅一生氏との共同作品「籐と竹のボディス(胴着)」となりました。