W20 x 16 x H17 cm
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小菅小竹堂 1993年頃の作品
お茶のお点前に使う茶箱です。
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Data File (ヨーロッパ写真集)
作 小菅小竹堂
父の作品を整理していて偶然見つけ、気に入ったので自分の手元に置いていましたが、
どうやらお得意様向けの作品のレプリカですが、父が息子である私のための贈り物として制作したものであることが後でわかりました。 この作品の後は痴呆の症状が進行しはじめ、新作の制作にはほとんど手をつけておらず、
1997年に脳梗塞を患ってからは完全に創作活動からは身を引いています。
この作品の経緯は最近、お得意様から伺った話ですが、父に見せてもそのことは覚えていませんでしたが、私が何となく気に入り手元に置くようにしたのは、何かその作品から感じるものがあったことは確かです。
この作品は、1993年72歳の頃の父の最後の作品となった「
錦波」の一作前のものです。
銘は「浦島」、まさに浦島太郎の玉手箱です。 わが家にとっては、お金に替えられない大切な宝物です。 父の作品はあまり手元(所蔵作品参照)には残っていませんが、それでもレプリカも含め、
「風韻」、「曙」、「色紙筥」
など十数点は手元にあるので、いずれはバーチャル美術館ではなく、現実世界での私設美術館でもつくって展示することを夢見ています。
「万葉」と同じく、六つ目編みで格子状に編んだ竹の交差した部分を、さらに細い籐で編み上げたことによって得られた微妙な模様をご覧になってください。
父もこの作品と「 錦波」を気に入っているようで、「箱物は難しい。 蓋がガタガタしてもいけないし、かといって蓋を持ちあげた時に下の箱が離れずに一緒に持ち上がるようではいけない。」と言っていました。
作者にしか分からないこだわりの一面を見ました。
病に倒れて以来、今まで創った作品のことをあまり話さなくなく、(私としては、記録として残しておきたくたずねているのですが)制作した時の意気込み、背景などは覚えていない父がふともらした言葉ですが、
何故 「汐衣」ではなく、「
錦波」の様な箱物に最近こだわっていたのかが分かったような気がします。
